2008年6月13日

関東地質構造盆地の中心 栗橋

関東平野は日本を代表する平野ですが、最近の知見では太平洋プレート・ユラシアプレート・フイリッピン海プレートがせめぎ合い複雑な構造をしていることが解ってきました。日本を外帯と内帯とに分ける中央構造線も熊谷~栗橋を結ぶ線状に確認されています。

栗橋は常に盆地の中心でしたので、厚い堆積物に覆われています、最終氷河期には世界的に海面が120mほど低い時代がありましたが、栗橋ではさらに構造運動で地盤が下がったため数百mの厚さを持っています、縄文海進のところで話したように栗橋も浅い海でした、そのご海が後退して広いデルタができたのが河川改修する前の関東平野です。

江戸時代全国で河川改修がおこなわれ洪水対策・新田開発が進みました。この時から慣行水利権が発生し河川法のできたいまでも厳然と生きています。

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コメント

慣行水利権って何ですか?

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